1995年に創業の家具木の國屋の2代目と3代目がコーポレートロゴ・スローガンの変更に合わせて対談した様子です。
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対談記事①:最近の町の家具屋と業界について~2代目と3代目の会話①~「この20年色々ありました。」
対談記事②:新しいロゴとコンセプトへの想い~2代目と3代目の会話②~「あえて家紋を、こんな時代だから使ってみたい」
2代目 代表取締役 舩坂 康浩
1961年生まれ。長野県で家具屋修行ののち、家業である舩坂タンス店へ。1991年にバイパス沿いに今の家具木の國屋を建て、運営責任者に。現代表取締役。家具屋の良い時代も、悪い時代も見てきた町の家具屋の店長。
3代目 舩坂 康祐
1987年生まれ。高校卒業後、慶應義塾大学商学部を卒業。新卒で楽天株式会社に就職。楽天市場というネット通販の事業に配属後、ネット通販のコンサルタントとして全国の大手・中小企業を500社以上担当。管理職を経て、家具・インテリアなど暮らしの領域の戦略・企画を担当。 2017年退職し、飛騨高山にUターンし、家業である(有)家具木の國屋に。
名前が似ていて分かりにくいので以下、2代目、3代目とします。
——— 今年の8月に息子さんが帰ってきたのですが、帰ってくると思ってましたか?
2代目)もう帰ってこないと思っていました。楽天でもうまくやってるみたいでしたし、今の会社では彼の前職の給料なんてとうてい払えません(笑)まだ引退をする年齢ではないですが、どう綺麗に畳むか、引き際もなんとなく考え始めていました。
——— どうして帰ってきたんですか?
3代目)小さいころから「帰って来い」と祖父から英才教育を受けてましたので(笑)
サラリーマンとは違う父の働く姿を見ていて、いつかは自分も会社を経営したいなとは、学生のころからなんとなく考えていました。ただ楽天での仕事もとても楽しかったですし、色んな挑戦をさせてもらってましたので、楽しく働いていたら、いつの間にか30歳手前になってたという感じです。
あとは田舎で商売をするという厳しさも分かっていましたので、なかなか踏ん切りがつかなったというのもありますね。
2代目)今はそんなに景気が良いわけではないですから、私からはあまり強制するようなことは言わないようにしていました。
3代目)ちょうど30歳なるし、まだ失敗しても何とでもなる!そして妻も応援してくれましたので、「よし、帰ろう!」と。
最後は勢いですね。決めたら、すぐ、新年早々の初出社日に上司に相談しました(笑)
——— 実際に帰ってきてどうですか?
2代目)まず年齢が若いということは強いですよね。これから家具を買う世代と同年代ですから。
私が今のお店を任されたときも20代でしたが、どんどん父の仕入れ先を変えていきました。きっと今の私の感性も少しずつ、若い世代とずれているのかなと考えると、非常に助かっています。
あとは何をやっているかはよくわからないのですが、ネット関係は色々やってくれていますね。
ただ接客はまだまだ負けません(笑)
3代目)仕事のスケールは前職よりも小さいですが、やったことに責任が持てる、お客様の反応や成果が直に目に見えるというのは面白いですよね。
前職のときはインターネット通販というネットの小売りに関わっていたのですが、自分は小売が好きなんだなぁと。
ただ、高校までの18年間住んでたはずなんですが、飛騨はやっぱり寒いです(笑)
——— 前職の経験は役にたちそうですか?
3代目)私は開発でシステムが書けたり、手に職があるわけではないので、意外とないんですよ(笑)
ただ楽天という会社には「インターネットの力で地方を元気に」という考え方があるのですが、私も実際に九州、四国、広島、大阪支社と様々な支社で勤務をして、その中で本当に多くのクライアント様と一緒に成功体験をしたというのが大きな自信になっています。
その時代に合った正しいやり方で、努力すれば、どんな場所でも商売ができるんだなということは強く感じました。
あとは楽天という会社は「やりきろう!とか「まずはやってみよう」とか「物事を分解して考える」とか「数字で考える」とか「情報を共有する」とか働き方の非常に濃い文化があるのですがそれも大きな財産になっています。
社内には「成功の5つのコンセプト」というのがそこら中に貼ってあるのですが、それが血肉になったってるんだなぁーと辞めてからすごく感じましたね。
——— 田舎で商売をするというのはやはり大変ですか?
2代目)別に田舎だから難しいとか、簡単だとういうことはないです。都会のほうが人は多いですが、その分競争は激しいですから。
これまでも色んな試行錯誤をしてきたから、何とか今があるのだと思っています。若いころは24時間セールなんていう、それこそ今ネット通販でやっているようなことをこの実店舗でやったりしましたから。
しかも、今はインターネットもあるので、田舎のハンデはほとんどないですよね。私はわからないので、ネット関係は息子に任せますが(笑)
3代目)商圏の人口が少ないというのはどうしようもないことなので、そこ以外にも目を向ければまだまだ可能性はあるんじゃないと。
インターネットを使うのはもちろんですが、飛騨・高山は今伸びている観光地ですので、わざわざ買い物にいく、そういう体験の価値を作れれば新しい可能性があると思います。特に飛騨には富山、名古屋・関西方面から車で来る観光客が多いですの。
あとは、別にこの場所に固執しているわけではないので、チャンスがあればどこでも行きますし、なんでもしますよ。
ただ、1つ大変というか、衝撃だったのは、今お店がある場所が光回線が入らないということです。
川を挟んだ反対側は入るのですが、ここ入らないんです。割と切実です(笑)
——— これからの展望は?
2代目)どんどん任せます。早く隠居したいですね(笑)
ただ、まだ人生長いので、もうひと頑張りしようかなと。
3代目)まだまだ覚えることも多く、勉強中ですが、まずは今のお店のリニューアルですね。それは店内の展示、品揃えだけでなく、裏側の管理やマーケティングも。そして並行してネット通販などで今のお店の商圏外の方へのアプローチをしていきたいです。
あとは12年、飛騨の外にいたからこそ感じるのですが、飛騨という魅力的な場所に縁あってお店を構えてますので、もっと魅力を発掘・活用していきたいです。それは自社の事業だけではなく、他の想いがある人も巻き込んで。
——— 最後に、子供にも継がせたいですか?(まだ子供は0歳と2歳ですが)
3代目)継がせたくないですね。
ただ、子供が将来大きくなったときに選択肢の一つになるくらい魅力的な会社になっていたら良いですね。